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2013年02月06日

神戸・兵庫津 明治期の土地名簿作成 地元郷土史家

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兵庫津の“住宅地図”を作った前田章賀さん=兵庫区神田町
 江戸時代に港町として発展した神戸市の「兵庫津」(現在の兵庫区南部)の明治時代の地籍図に、当時の土地所有者名を書き込んだ「兵庫津三十八ケ町土地台帳名簿録」を、郷土史家の男性が5年がかりで完成させた。1筆ごとに名前が示され、さながら130年前の“住宅地図”のよう。16日まで、同区神田町の「いちばぎゃらりぃ侑香」で展示している。(斉藤正志)
 同区矢部町の郷土史家、前田章賀さん(68)。
 兵庫津は海運拠点として栄え、江戸時代後期の1796(寛政8)年には、約2万人が住んでいた記録もあるという。
 前田さんは約15年前から地元の歴史を調べ、現在は神戸史談会副会長を務める。古地図を収集しており、2007年から同名簿録を作り始めた。
 法務局で明治10〜20年ごろの登記簿謄本を閲覧し、所有者の名前などを1筆ずつ特定。明治36年の地籍図の6千筆近くある土地に、書き込んだ。
 昨年10月に完成した名簿録は、A3判46枚に上る。地域でも有数の名家や豪商の名前があるなど、江戸時代の名残を感じさせる。同時に、江戸時代の住民の屋号や名前を50音順に紹介した「兵庫津人名録」もまとめた。
 前田さんは「先祖がこの地域に住んでいた人には、自分のルーツを探る助けにしてほしい。それ以外の人にも、神戸の歴史を感じるきっかけになれば」と話した。
 入場無料。午前11時〜午後6時。10日休み。名簿録と人名録は各3千円で販売もしている。いちばぎゃらりぃ侑香TEL361・5055
posted by いくくる at 12:22| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・伝承 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月30日

神戸海洋気象台改編 港都の象徴に惜しむ声

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阪神・淡路大震災で被害を受け、その後解体された神戸海洋気象台の旧庁舎=1995年4月5日、神戸市中央区中山手通7
 93年の歴史を刻んできた神戸海洋気象台が気象庁の組織改編を受け、10月から神戸地方気象台になる。天気予報などの陸上業務は従来通りだが、海の気象情報の計測や分析は大阪管区気象台に移る。市民からは「ミナト神戸らしさが消えるようで寂しい」との声も漏れる。
 同気象台の前身は、1896(明治29)年に創設された兵庫県立神戸測候所。海運業者らの出資で始まり、船舶向けの気象情報を世界に先駆けて発信した。
 1920(大正9)年には日本最初の海洋気象台となり、42(昭和17)年、神戸海洋気象台に改称された。2010年に気象庁に移管されるまでは観測船を所有し、太平洋の黒潮蛇行に関する重要な観測を継続。世界的に海の気象観測が珍しかった1890年以降、旧海軍や商船の観測記録を収集したデータは地球温暖化の研究に役立ち、海洋関係者から「神戸コレクション」と呼ばれるなど海の気象観測に大きな足跡を残した。
 阪神・淡路大震災では、「神戸建築100選」にも選ばれたれんが造りの旧庁舎(神戸市中央区中山手通7)の一部が倒壊。当直職員が観測した「震度6」はその後、一部地域で国内最大の「震度7」に修正された。現在は神戸防災合同庁舎(同市中央区脇浜海岸通1)に移転している。
 神戸港遊覧船の元船長で、海運関係者が集まる南京町のカフェバー「気まぐれカモメ」オーナーの角(かど)本(もと)稔さん(69)は「港が最も元気だったころに創設され、世界中の船が恩恵を受けてきた神戸の象徴だった。また一つ、港の灯が消えるようで寂しい」と話す。
 同気象台は「観測網は維持されるので、データの継続性に問題はない」としている。
(木村信行)

posted by いくくる at 09:14| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・伝承 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月04日

鬼が勇壮な舞 五穀豊穣祈り追儺式 神戸・妙法寺

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豊作と子孫繁栄を願って舞う鬼=妙法寺
 新年に五穀豊穣と子孫繁栄を祈る「追儺式」が3日、神戸市須磨区の妙法寺であった。鬼に扮した男性らが本堂の回廊に次々と登場し、ホラガイや太鼓の音に合わせて勇ましい舞を披露。地元住民ら約700人が今年1年の幸せを祈った。(中務庸子)
 平安時代から続き、同寺の檀家らでつくる保存会が伝統を受け継いでいる。農繁期を終えた、黒、赤、白の鬼の一族10匹が、伊勢参りに出掛ける道中を描いている。
 最初に現れたのは黒鬼の一番太郎。たいまつを手に勢いよく飛び跳ねた。子鬼のかわいらしい舞に続いて登場した白鬼の太郎鬼は、たいまつの火をおのでたたき消し、ほかの白鬼2匹とともに力強く練り歩いた。最後に幸福の象徴であるもちを協力してたたき割った。
 須磨区高倉台2の男性会社員(41)は「地元のお正月の伝統を子どもに見せたくて、毎年来ています」。長女(10)は「小さいころは鬼が怖かったけど、今は大丈夫。今年は苦手な鉄棒を頑張りたい」と話していた。
posted by いくくる at 10:04| 兵庫 ⛄| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・伝承 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする