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2011年01月09日

行雲1月号(その1)をお楽しみ下さい。

行雲1月号(その1)をお楽しみ下さい。
 
雑言 一宵一話 その三十七

筆者 行雲 藤本敬八郎

―前号のあらすじ―
   私は4年生の時、夏休みを利用して1ヶ月ほど『期間労働者』
として桂川東岸の京都市右京区梅津という地区にあるマネキン製造工場で働くことになった。
この工場近くにある学友矢野君の下宿にしばらく同居することになった初日の夜のこと―――。
 
備忘録から 5
真夏の夜の夢は、一匹の蚊の羽音に破られた。蚊が耳元を飛ぶと、もう眠れない。通勤距離も交通費も下宿も万事がうまくいった昼間とは雲泥。蚊の羽音に悩まされた脳は平静ではおれない。起きだして蚊取り線香やスプレーを探すが見当たらない。さりとて頭から被り物で寝るのは夏の夜には耐えられぬ。あれやこれやでゴソゴソしていると友は目をさました。蚊のことを言うと、「蚊は侵入者の新しい血の臭いに飢えて集まるのだ」と、ドラキュラのようなことを云った。私はすぐにも次の同居者を探さなければこの急場はしのげない、と思ったが、これは容易ではない。
 友はやがてローソクに火をつけて、特技を見せてやると云って、ローソクを和室の聚楽壁に近づけていった。蚊は冷えた壁がお好きのようだ。あそこにもここにも気分が悪くなるほど張りついている。彼等は、丁度垂直壁をよじ登るロッククライマーのように、どれもが頭を天井に向けて細く長い脚で体を浮かせている。いつでも飛びたてる母艦に待機するF14というところだ。
 カーテンやカレンダーなど、引火しやすいものに注意しながらローソクは静かに蚊の下へ、数センチにまで近づくと羽根がまずパッと焼けて即落下していく。魔法のように3匹4匹と焼き殺していく様子は、まさに神を畏れぬ悪代官だ。
 彼は私を共犯者に引きこんで「やってみろ」と云った。壁は四方にある。標的にはこと欠かない。蚊は、人間が近づくと素早く逃げ飛ぶものと思いこんでいたが、そうでもない。火炎放射器による下方攻撃には弱点をさらけだし、焼き討ちの処刑は効果を上げた。
 犬歯は牙のように伸び、目は吊りあがってローソクの炎が顎の下からゆらりと照らしだす顔は、日本版ドラキュラ吸血鬼。蚊に自分の血を吸わせたという高僧もいたというに、何たる殺生。何たる失態。
 私は、深夜の一人芝居と、自虐の反省も多少あり重い心をひきずって、いつの間にか寝入ってしまうのだが、敗北軍には常に残党がつきもの。これが仲間の敵討ちとばかり夜半ブンブンと私を悩ませた。
 ケイタイはおろか、各家庭に電話が必ずしもあった時代ではない。『至急蚊帳を送って欲しい』と速達ハガキを実家へ出す始末。
 蚊帳が届くまでの数日間毎晩のように、たてまえは苦悩顔を作りながら、焼き討ちする信長と化していった。
 夜は蚊の攻撃に応戦し、昼は吉忠マネキン製造工場で、初対面の職人さんと共に仕事をする。美大の先輩がすでに中堅どころになって、マネキン人形の粘土原形を創作している姿を見て、格好がいいなと羨望の眼。
 この粘土原形は次の行程で正確無比が要求される『石膏割型』におこされ、後期作業行程ではこの型が基になって、いわゆるマネキン人形が量産されることになる。彫刻科の学生なら技術の優劣こそあれ、誰もがこの石膏取りの仕事をレベル以上にできなければならない。私はここでもその力量を試されることになった。
 数日を経てこの仕事に慣れてくると、原形一体の石膏取りを私ひとりに任された。責任の重さはズシリと双肩にかかるが、若輩の私を信頼してもらえたことが嬉しかった。
 仕事で疲れた体を休めるには、桂川の堤で水の流れを唯ただ眺めるのは、
思いのほか良いものだった。このあたりの流れはいつも穏やかで、水面は
滑るように右手から左へと流れ、涼風が夏の肌にやさしい。
一人でたたずむ己に将来設計を自問自答するのは楽しいひと時で、それは可能なことも、不可能なことも、ひとくくりにして至福の時間であった。
一ヵ月におよぶ矢野君との共同生活も大過なく過ごした。約束の家賃を払い、そうめんの好きな矢野君への謝礼には、ひね物の木箱入りと洒落てみた。

私が密かに想像していたように、卒業後矢野君は洋画壇で頭角を表わして、たびたび活字で彼の活躍を知ることができた。
40歳台お互い作品制作に充実感を覚え、もっとも脂が乗った頃、新聞で矢野君の受賞を知る。賞の名称は不覚にも失念したが、新聞に載る程だから立派なものであったに違いない。
年賀状も交換していたが、いつの日か跡絶え疎遠になってしまった。気風のいい矢野君のことだ、さぞエスプリの効いた気風のいい仕事を今もしているに違いない。
                            完
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2010年12月10日

行雲12月号(その5)をお楽しみ下さい。

あれこれを(おじん的に)2

久保 成行

延坪島ヨンピョンド砲撃
 
11月23日突然の北朝鮮からの砲撃ニュースに驚き、一方、またしても北朝鮮かと、ラングーン爆弾事件いらいかずかずの蛮行をくりかえす、かの国の異常さに不安がよぎた。今後事件がどう推移するのか皆目見当もつかぬが、現在の状況を新聞報道をネタに整理してみよう。

§東アジア「新冷戦」
第二次世界大戦後、韓国も北朝鮮もそれこそ足して2で割ったように出来た国だから、独立にともなう国家理念を世界にむけて宣言する、なんていうこともなく、また、国家リーダーとして据えられたのは、韓国はアメリカで反日運動をしていた李承晩。北朝鮮は満州で匪賊の頭領であった金日成。人物としては二流三流。ただ二人とも徹底した反日、排日を身上とし、二国そろって「武張った国」へとリードされた。
 しかし、韓国は朴正熙大統領による経済復興政策への舵取りによって、今日の経済成長の礎を築いた。それに較べ、北朝鮮は国家成長のポイントをつかめぬまゝ、今に到っても民需の充足をみたせず、食糧は輸入にたよらざるをえないが、その決済資金は充分でなく、国民は飢餓線上にある。そのくせ、寧辺ニョンピョンで公開されたウラン濃縮施設は米韓の専門家の予想をはるかに超える水準であるという。金父子をとりまく一握りの特権階級を支えるためでしかない武威の下で泣く国民は、歌詞の内容こそちがえ、まさしく哀調切々たる民族民謡「アリラン」そのものではないか。

 「局地的紛争を引き起こす通常戦力や新たな核能力など、自らの「力」とともに、それを実行できる「意志」を誇示することで、米韓の対北強硬政策を正面突破し、―略― さらに、近年の中国軍部強硬派の台頭、中朝関係の緊密化など、東アジアの「新冷戦」ともいえる状況変化が、北朝鮮の攻撃的な姿勢を支えるという構図もある」(李鐘元立教大副総長・毎日)

§金持ちのジレンマ
 小沢民主党元代表は無邪気な国連信奉者である。国連は彼が考えているほど甘いものではない。国連は自国の権利―自分のモノは自分のモノ、他人のモノも自分のモノ―を臆面もなく主張する場所であって、自国の主張は正論、相手国の主張は不正論なのである。
 以下は温家宝首相が国連総会で行なった一般演説の一部である。「中国は強力に国家の核心的利益を維持する」「国家の主権や統一、あるいは領土的一体性に関することについては、中国は絶対に譲歩も妥協もしない」
甘ちゃん鳩山、親中小沢、菅、仙石ほかお歴々、この意味わかってまっか!!

 3月哨戒艦沈没事件で、李大統領は北からの攻撃によるものとして、証拠を揃え安保理に提訴し北への制裁を期待したが、中国、ロシアのジャマがはいり、まったく実効性のない議長声明でお茶をにごされ、大統領は不本意ながら、振り上げたコブシをおろさざるを得ない外交敗北の苦渋をのまされた。だから、今回の事件をまたぞろ安保理に提訴するという、外交カードを大統領は絶対きらないだろう。
 一方、韓国は北のなん十倍の経済力(先述の李鐘元教授は4,50倍と指摘。ちなみに、日中はGDP2位の座をあらそっているが韓国は15位)を保有し、グロバル市場で大活躍している。いったん緩急あっても失うものは何もない北にくらべて、韓国の失う経済ダメージはあまりにも多きすぎる。まさに、豊かになったがゆえのジレンマである。
 北の頭越しに中国と折衝し、仲介によって事態を打開するしかない。それもアメリカの強力なバックアップがあっての話である。
日本はどうする?。小沢は朝貢外交よろしく有象無象ひきつれ、胡金濤主席との謁見の栄をたまわったが、尖閣問題解決にはクソの役にもたたなかった。韓国同様アメリカのバックアップに頼るしかない。好むと好まざるにかかわらず、日本はアメリカの驥尾に付してでも、韓国を全面的にバックアップするしかない。
 
 §奔る戴秉国
 外務大臣は国の外交を所管する。しかし、中国では序列がものをいう。それが中国のヤヤコシイところであるが、大事なポイントである。楊潔箎ようけつち外相よりランクが上に戴秉国たいへいこく国務委員(副首相級・外交担当)がおる。
尖閣問題で日中がやっさもっさの折、戴秉国が深夜に丹羽宇一郎大使をよびだした。仙石官房長官はそれを遺憾と取り、彼がのりだした意図をよめなかった。(本誌125号:外交談議(オジン的)60参照)
その戴秉国が28日早速ソウルに奔り、李明博大統領と2時間15分におよぶ長談義におよんだ。彼は交渉に出てきたのではない。「結果」を持ってきた。多分、金父子はわれわれが抑えこんだので、さて、李大統領よ………であろう。一方、北京で武大偉・朝鮮半島問題特別代表はわざわざ緊急記者会見を開き、6カ国協議の首席代表緊急会合の開催を提案した。新聞ではその提案に米韓日3ヵ国はイマイチのようだが、ねらいは正しいとおもう。
北朝鮮の核兵器開発を阻止するため過去いろいろな制裁も課したが、結局、止めるに成功はしなかった。腹立たしいが、北の核保有はみとめ、核拡散防止につとめる交渉に切り替える時期がきたのではなかろうか。
交渉とはギブ&テイクである。兵糧攻めもひとつのテだが、搦め手からというのもある。北に与えつづけることによって、北は国力を増大するより、むしろ格差の拡大によって、自己崩壊が始まる可能性が生ずる。北への終局のギブは民主化である。時がかかるが辛抱つよくそれに期待し努力するほかないだろう。
同じことが中国にもいえる。経済がますます肥大化することにより、統治のタガはゆるみ、民主化は時間の問題になりつつある。


余  白
はやもう十二月。八十ん回それを経験してきても、毎回一年の早さをつくづく実感します。
この一年『行雲』をご愛読くださりあつくお礼申し上げます。明けて平成二十三年もかわらずご愛読お願いします。
 手紙を書き終えてもなにかしら書き忘れがないか、と思案する。年の変わりを迎えても同じように

「秋思」     張籍
洛陽城裏見秋風
欲作家書意万重
復恐怱怱説不尽
行人臨発又開封

洛陽城裏 秋風を見る
家書を作らんと欲して 意 万重
復また恐る 怱怱にして 説いて尽くさざるを
行人 発するに臨んで 又た封を開く

手紙は一応書きあげたが、怱怱、あわただしく書いたものゆえ、述べつくせなかったこと、言いおとしたことはなかったかと、ふとまた気がかりになる。そこで、行人、この手紙を託する旅人の出発まぎわ、もう一度手紙をとりもどし、封を開いて読みなおしてみる。

「怱怱」は草草とも書き、今も手紙の末尾に使われる。同じく手紙の末尾にしるす「不尽」の語も、この詩の「説不尽」にもとづくかも知れぬ。

以上は一海知義著『漢詩一日一首・秋』からの抜粋です。すでにご存知ならご許捨ください。

posted by いくくる at 14:02| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット文庫(行雲・絵本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月09日

行雲12月号(その4)をお楽しみ下さい。

行雲12月号(その4)をお楽しみ下さい。
川  柳

大嵯峨仁

――日本の近現代史を覗き見る――

爵位借り脱亜の婦人鹿鳴館牛鍋で甲論乙駁オッペケペ
男爵はイモになりたる敗戦後
ちょんまげにブーツ履かせた維新力
ペルリーを人食いの様さま瓦版

桜が丘句会

 
着飾りし犬の嗅ぎ寄る落葉籠             岡野多江子
飯粒の岩に乾びる神の留守
池涸れて袋に集む壜と缶
城山に太鼓のこだま種を採る
名を太く瓦に記しるす小春かな

バイエルの洩れる夜の道金木犀            神原 甫
この年は蜜柑不作と伊予訛
ジーパンが干さるゝ過疎の里は秋
鳥渡る北方領土を基地として
何時からが始めで終わり老いの秋

赤い羽根一矢刺したる無人駅             富士 敬
柿の葉に瑠璃と七宝盗ませる
独居して一葉ひとはの落下悟くきく
もみじ葉の付加いただくや一の谷
自在鉤かぎ核になりたる大家族

秋雨に器ももろくなりにけり             久保 成行
秋言葉鰥夫やもめ同士が交わす道
秋祭り亡妻に供える里の寿司
立冬というに温くし雨戸繰る
もみじ剪るその命こそわが命

うなだれて雨にうたれし秋桜             八木 静子
貸農園秋日を背なにじょうろ振り
小面を彫りし板場に秋日さし
にわか雨庭にいろいろ秋落ち葉
ペンを持ち清書すなり日短か

二上山よりの流れや草紅葉              小林多加子
秋晴れや当麻寺二塔視野に入る
運動会らしき声して古寺の里
古墳群見渡す丘やあきつ翔ぶ
秋の空蜘蛛逆さまに陣の中

利酒ききざけに女きらきら混じりけり          津田 貞子
風揺するアケビの口の開け具合
世の中が変われど夕べのなめこ汁
亀の棲む沼に落葉の重なりぬ
平凡な日の白スミレ匂いけり

如 月 会

小林多加子

釣り上げしアブラメ外す親子連れ弁当置きて手許弾みぬ
栗飯は柴栗が良し子供等の防空頭巾に拾いし昔
黒電話ゆっくり戻るダイヤルに迷いしことも急ぎしことも
洋ダンスに吊られて久しネクタイの知るや昔のあの日この日を
マンションへでんと移しゝ仏壇に終の棲家と友落ち着きぬ

久保 成行
子等育てし港区弁天町訪れり前だけ見ていたあの頃もとめ
岸洋子蠱惑のシャンソン聴きながら一皿だけのディナーにワイン
誰も来ずどこへも行かず日曜日紅葉眺める男やもめは
一年も六年も皆懸命にハーモニー涙す音楽会
木枯らしは秋を連れ去り老いし身にまためぐり来るにぶいろの冬

久米 裕子
卒寿なる母は仏のごとくなりすべてを許しつつみてくれる
フルムーンついて来ました河口湖音楽いっぱい集いに乾杯
河口湖初めて拝む富士の山青くきれいに山裾をひく

津田 貞子
大カマキリ透けたる目玉ピタッと向け卵かかえし腹揺すりけり
真っ蒼な空に咲く花柿花火一輌電車の粟生あおという駅
紅の色薄くれないにさして出るものみなさびし晩秋の頃
お茶の花白い昔の雨が降る花ビラの吸う雫幾年
石蕗つわの花時雨るゝ夕雨音のかすかにありて秋終るらし
 
posted by いくくる at 19:22| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット文庫(行雲・絵本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする